これも小説の一部(今創ったよ)

何が現実で何が虚構なのか。ネットの世界は現実ではないと言うが、では実際に同一空間に肉体を運び、互いに網膜に相手の画像を結び、口を開いて音声を遣り取りすれば現実で、コミュニケートする際に、体を運ぶかわりに文明の利器を使って、音声の代わりに言語でコミュニケートすれば、それは仮想空間なのか? 現実ではないのか。

不思議である。心が狭い。発想が狭い。イノベーションを受け入れきれずに、過去を引き摺ったままの世界の捉え方に見える。跳躍できない。

仮想空間の、目に見える形での、現実を浸食するかのような登場の仕方を待つまでもなく、跳躍できる者はそうして、多層の現実を生きてきたのだが、過去から続く地続きの日々の延長にしか現実を想定できない者は、相変わらず地べたを這っている。