やはり書いておきます。読んだのはかなーり前のことですが。「風流無譚」kindleで買いましたので再読します。この作品が世に再び出ることを深沢七郎が願っているのかどうか、私には判断がつきません。彼は世のルールに従い、法の下で逸脱することなく、あの作品を書いた。

誰にも責任の取りきれない範囲というのはあるのです。しかし彼の場合、責任の取りきれない範囲で、人が殺された。彼の作品が無ければ、彼女は死ぬことはなかった。

才能を認められ、『楢山節考』で鳴り物入りのデビューであったという。私が生まれる前のことだ。第一回中央公論新人賞受賞。当時の選考委員は伊藤整三島由紀夫武田泰淳

深沢の強烈な自省は、自分の筆を(表現を、考えを)優先したことに拠ると私は思う。何処まで表現できるか。徹底的に、正確に、パワフルに、言葉を道具に使って限界を極める。それを最優先した。当然切り捨てるもの、弱い部分の存在にはその過程で気づく。しかし自分の能力を最大限表現し切ることを選んだのだ。その自覚があったのだろう。そのことに後で、見て見ぬふりは出来なかったのだろうと思う。

『風流無譚』で左翼を「左慾」と表現したところに、彼のリベラルで深い洞察力が見える。不完全なものに対する嗤い声が響く。正義感が真っすぐにその筆を取らせる。深沢の真骨頂だ。どんどんその才を伸ばしていくことを、しかし神に許されなかった。出鼻を挫かれてしまう。

何故? これを許される表現者は他にいくらもいるのに、彼だけは許されなかった。

その影響力が本物だからだ。才能が本物だからだと私は思う。そういうことはあるのだ。

その影響力の大きさを、人智を超えるものは示してみせた。その際に生まれる犠牲者に向ける目。それを見て見ぬふりは出来ぬということ、これこそが文学者の、作家の目であると、神は深沢に告げたような気がするのである。

その底知れない大きさは悪魔的なものにも繋がっているのだと。限界を設けよ。限界の有難さを知れと、そのような教訓にも思える。

深沢は『風流無譚』を封印した。