父は、英語が堪能である。仏語、独語も日常会話ならば不自由ない。社交ダンスが上手なのは知っていたが、ビリヤードも乗馬もこなすと知った時は驚いた。囲碁も大好きである。1億総中流時代と言われる社会主義下で、彼もまたこの全てを封印して生きた。粗野な田舎者を相手には、囲碁だけを趣味として公表していた。猫も杓子も社用でゴルフクラブを振るようになってからは、下品になったと唾棄するようにつぶやき、よほど断れない場合を除いて、クラブを持つことはなくなった。育ちの悪い者ほど大手を振って歩き、嫉妬をかわすために留意する日々であった。

日本は階級が固定化しない。そのこと自体は良いことかもしれない。少なくとも良い面が複数あるとは言えるだろう。しかし上層を占める者にとっては、下層からの嫉妬の目から身を守る術がない。遠慮なく引き摺り下ろそうとしてくる。何も悪いことをしていなくても、自分より恵まれていると感じたらそれが即ち理由になり、引き摺り下ろす行動は正当化されてしまう。



実力主義だというけれど、他者に向ける慈愛の眼差しのない者が支配する社会は暗黒だ。

下には卑しい乞食が目を剥き、声を枯らしてそれぞれの要求を叫んでいる。